と文化的な違いを越えた大切な友達

 

私には嶋田さんというとても大切な友達がいる。

彼は今年78歳だが、同年輩よりも健康で活動的である。 年齢や国境を越えた関係で、日本の生活や日本語など多様な面で助けてもらっている。

何よりも彼は親韓派であり、韓国がすごく好きで、韓国人と韓国の広報に情熱を注いでいる方でもある。

嶋田2

毎週一回ずつ私を手伝ってくれるために、交通費を自ら負担して、雨が降ろうが雪が降ろうが事務室に出勤をしてくれる。

1年以上も配布しないままのチラシが残っていたので、自らチラシ配りの催促をする。

チラシは自由に配布できるが、期待するほどの効果もあまりない上に、ある高級なマンションには出入り口に暗証番号を知らなければ入ることができない。

それでも今まで二人で数万枚のチラシを配ったため、目立たない郵便受けをよく見つける。

嶋田1

チラシを配り終えて、韓国焼酎とおつまみを買って、華やかなネオン灯がある川辺に座って花金(週末の金曜日)を満喫する

嶋田先生と私は30年の年の差があるものの、私たちは古い友達のように、幼い時代の思い出ばなしに浸ることがある。

年齢と文化的な差が大きいはずなのに、なぜか全然感じられない。 幼い時、田舎で苦労して生活した話に、お互いが同一の主人公になったかのように会話がはずみ、いつも時間が足りなくなる。

嶋田3

嶋田先生と私との縁は97年にさかのぼる。 治療院で一緒に仕事をしていたが、すぐ親しくはならなかった。

その頃の私は、日本語もできないし、テクニックも人並みに及ばず、外国人だった私は必要な単語しか話すこともできなかった。

仕事をしていて、おやつの時間になると、私は同僚たちが一緒に食べられるように牛乳とパンをたくさん買ってきた。

日本人の性格のせいか、先に話しかけられたり、プレゼントされたりすることが苦手のようだ。また、そういうことには照れくさがる。

嶋田4

嶋田先生も同じで、始めは私の誠意を受けなかった。 そして受けてからはいつもお礼をした。 私にはお礼は必要がないのに。

そういうふうに共に一緒に食事や休憩時間を過ごす機会があった後少しずつ親しくなり、その後職場が違ってもときどき会ってお酒をくみかわし、韓国への旅行も一緒にしながら、今はとても大切な友達になった。

花7

何よりも嶋田先生はいつでも、どこでも気軽に電話ができるし、会うこともできる。いつも親のような大事な味方だと思え、彼といれば心強い。

嶋田先生は文化と年齢を超えた私の大切な友人だ。