階段から転落ーそして梗塞からの回復

 

今では家族みんなで笑いながら過ごしていますが、2年前の5月には天国と地獄を行ったり来たりするかのような経験をして、家族の大切さと愛についてお互いに深く感じることになりました。

2年前、同居している義母がインフルエンザにかかって、タミフル薬を夕方に服用後、薬の副作用なのかは分かりませんが、真夜中にトイレに行く途中、瞬間的に気を失って階段から転がり落ちてしまいました。 激しい痛みの中義母は体を動かすことも出来ませんでした。瞬間的に迫ってきた恐怖の中、落ち着いてすぐに救急車を呼びました。階段から転落した場合、骨盤や脊椎が骨折することもあるし、脳震盪ないし、脳血管の破裂による脳卒中も考えられます。

サイレンの音とともに遠のいていく救急車の後ろ姿に代わり、冷ややかな空気と共に緊張感、心配が静寂を破って襲ってきました。

明け方になって立ち上がれない状態のまま、義母は戻ってきました。 身体全体の打撲傷と腰の痛み以外はMRIで撮っても骨折や他の問題は無かったという理由で。後に脳梗塞や中風が来る恐れがあるので様子をみて何かあるならその時来るように指示されました。

心配が一瞬消えましたが、義母の顔と頭部のあちこちに拳大のむくみがあり、顔はあざだらけでその姿は言葉では言えないくらいでした。

介護

毎日カイロプラクティックの施術をして、腫れた部位にはV-spreadのテクニックを使って腫れを沈め、生卵を利用してあざが出来た部位に転がしたりもしました。 このような努力のおかげか、打撲傷の痛みと腰痛と背中の痛みが徐々に消えてゆきました。

数日の間で、顔全体のあざが次第に赤い色に変わりながら、健康を回復し始めてやっとほっとすることができました。

 

ところが階段から転落してから1週間ほど過ぎた日の真夜中に、義母がハアハア言いながら娘に支えられて2階の私の部屋に来ました。 時計の針は2時30分を指していました。

「どうしたんですか?」と尋ねましたが、一言もしゃべれず左手を使って右手だけを無理に伸ばしていました。 一瞬、全身に鳥肌が立つような恐ろしさを感じました。

“ 中風だ! ”

そうでした。 義母は身体の右半分が動かなくなっていることを知らせたかったけれど、ろれつが回らないので電話をかけることも出来ず、右側半分が麻痺しているにも関わらずなんとか2階の部屋にいる私達の所に来て知らせたかったのです。 病院に早く病院に連れて行って欲しいと。

さっそく救急車を呼んで病院に行きましたが、義母の麻痺は更に進んでいきました。 脳血管に破裂はなかったのですが、脳梗塞で血管が詰まり言葉を理解することも話すことも出来なくなりました。右手と右足の麻痺も酷くなり力も全く入らなくなりました。そして意識まで薄れ始めたのです。

「これからどうなってしまうのか?」

ただただ目の前が真っ暗に感じられました。

FAST

ところが幸運の女神は私たちに微笑んでくれたのです。入院2日後からは麻痺した右側の感覚や筋力が少しずつ戻ってきました。 しかしまだ話す事はできませんでした。それから徐々に良くなりリハビリも頑張って体、言葉共に戻ってきてくれたのです。

 

義母は6年前に心臓弁膜手術を受けました。 今回の脳梗塞の原因が階段から転落したせいか、もしくは心臓弁膜手術後の血栓による脳梗塞なのか原因はどちらなのかはよく分からないです。

何よりも大事なのは、階段で転倒したり心臓手術の経験がある場合は脳梗塞や脳卒中に注意が必要ということです。そして、異常な兆候が現れたなら迷いなく救急車を呼び、早くに応急手当をしなければならないということを痛切に感じました。

thanks for mather

2年前の5月には天国と地獄を行ったり来たりしましたが、今では以前のように無事に健康を回復した義母が戻ってきてくれたため、今年の5月は家庭の月をプレゼントしてもらったような嬉しい気持ちです。(韓国では5月に父母の日と子供の日があるため、5月を家庭の月と呼びます)